2013年8月11日日曜日

井野瀬久美恵『大英帝国はミュージック・ホールから』

これはとても楽しい本。なんせ19世紀末のロンドンの娯楽の殿堂「ミュージック・ホール」について、その始まりから終わりまでを、その人気のスター、流行った歌と曲目、客受けを狙い頭を絞る興行主の成功と失敗、その客筋の構成と変化、愚かな大衆を善導しようとするインテリ・ミドルクラス・エスタブッシュメントによる規制、むしろそれを利用しようとするイギリスの政治家連中、当時のイギリスがおかれていた国際情勢、社会階級分化の実態など、もちろん有名な「ジンゴイズム〔衆愚的おクニ意識、絆意識とでも言うか〕」の分析も含め、実に盛りだくさんの領域にまではみ出しみごとな分析がなされます。めちゃくちゃ面白い。古い本なのでも古書でしか手に入らないけれど、十分楽しませてくれること請け合い。

なんとなく現代ニッポンのバカテレビ放送に似ていると思った。テレビは大衆が望むものを常に提供すると同時に当局の規制の下にある。当局は基本的に無知な大衆を啓蒙善導するのだとかと言っているが、やがては無知な大衆こそが世論の空気を支配し、政府はそれに引きずられることとなる。事実、ロンドン民衆のジンゴイズムが大英帝国を無益な泥沼の戦争に追い込み、やがて大英帝国の没落が始まるのだ。それにつれてミュージック・ホールも衰退し、タレント芸人はアメリカに移住し、やがてハリウッドがロンドンに代わり新しい帝国規模の「ミュージック・ホール」へと選手交代する。それに較べればニッポンの「クール・ジャパン?」なガラパゴス的ミュージック・ホールはまだまだ可愛らしいものだが、閉鎖社会であるだけに結構な影響力を持っている。他山の石とするべきだろう。


大英帝国はミュージック・ホールから (朝日選書)

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